2010年6月 3日

習慣への昇華。

前回のエントリーでは習慣について少し考えてみましたが、自分自身で習慣にしたいことをちょっと洗い出してみました。


・6時台に起きる。
・一日一個何かしら書く(文章)。
 →出来ればMOLESKINEに手書きで。
・一日一個何かしら描く(絵)。
 →最近絵を描いてないなあとふと思ったので。
・ユビキタス・キャプチャーする。
 →上を含めてMOLESKINEに。
・一日一英文(Football)を読む。
 →大好きなFootballネタのキャッチアップと英語学習を兼ねる!
・一週間一英文 (NW技術)を読む。
 →自分の専門分野のキャッチアップと英語学習を兼ねる!
・一週間二冊の本を読む。
・本を読んだら必ず読書メモを作る


最近自分の手で何かを書く、ということが減っている気がしていて、同時に自分の筆跡っていうのを大切にしたいなあという思いがなんだか強くなってきています。自分の筆跡って、その時の自分の感情や気分がよく出るものだと思っています。疲れているときは乱れていたり、嬉しいときはなんだかウキウキしたような字になったり。

ユビキタス・キャプチャーにおいて自分の手で書き留めるということは、その感情とか思いを書かずとも、その筆跡自体がその時の状況をキャプチャーしてくれるのではないかと思うのです。

自分の手で書く、ということを習慣にすることで自然とユビキタス・キャプチャーを実践することが出来、さらに書き留めた事柄以外の情報(自分の筆跡が与えてくれる情報)もキャプチャーしてくれる。そして書くことが習慣になるからこそ、逆に書き留められた情報が少ない時はそのこと自体が「この日は気が乗らなかった日、バイオリズムが乱れていた日」という情報を与えてくれる。そんな風にして自分のノートが記憶の一部として機能してくれるのではないかと考えています。


2010年6月 1日

習慣を見直す。

前回のお知らせどおり、ちょっと周囲の環境が色々と変ってくることになるので、これをいい機会にGTDをようやく復帰させようかともくろんでいます。後日「Tanakamp的GTD実装ガイド」を連載でお送りする予定です(宣言することにより自分追い込みHack発動)。

その前にふと、自分にとっての「習慣」ってなんだろう。と考え始めました。

習慣ということを大辞林アプリでひいてみると、

①長い間繰り返し行われていて、そうすることが決まりのようになっている事柄。また、繰り返し行うこと。

②ならわし。しきたり。

となっています。
たとえば私の場合は「子どもと一緒に風呂に入る」ということは、別にTODOリストに書いていなくても、リマインダーが知らせてくれなくても毎日欠かさず続けていることであり、お風呂から上がった後も完了チェックをつけるなんてことはしません。これは習慣と呼んでもいいのだと思います。

一年以上前の記事習慣チェックリストなるものを作ったことがありました。
要は習慣としていることが決めたサイクルでできているか(このチェックリストでは日次)を確認してチェックをするというリストでした。

でもそもそもチェック対象が「習慣」なのであれば、それを確認する必要はありませんし、チェックする必要もないはずです。

つまりこのリストはある行為を習慣へと昇華・進化させるためのフォローツールということがいえるのだと思います。いうなれば習慣「化」チェックリストですね。

・すでに習慣となっているもの
・新たに習慣としたいもの

を今一度洗いなおしてみて、自分自身の習慣を修正していきたいと考えています。

習慣は、最高の召使いか最悪の主人のいずれかである。
 -ナサニエル・エモンズ